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公衆トイレ

自分は某ファッションビルのテナントのひとつで働いているのですが、
従業員も、客と同じ公衆トイレを使います。
ちがう某ファッションビルで販売員をやっている友達は
常に消臭スプレーを携帯していて、
「だって、『あの店員の後入ったら超臭かった〜』とか言われるの嫌じゃん!」
と、以前言っていて、大変驚きました。
まったく新しい感性だったので。

うんこ研究家の自分は、その観察眼よりむしろ、
嗅覚がべらぼうに鋭いと自負しているのですが、
昨日、仕事中に用足し(大)に行ったところ、
3個ある個室トイレがすべて埋まっていて、
見事3種類の匂いを無意識に嗅ぎ分けられた自分の能力にも驚きました。

その日、自分の下半身は、
ひざ下までの濃紺の綿の太め半ズボン(コレもう高校の時から履いてる)の下に
グレーのタイツとゆうコーディネートだったのですが、
「そういや昨日も同じ服着てたよなあ…」と思いながら
例のごとく公衆トイレに。
ズボンを下ろすとなんかゴワゴワするので、その元凶を探ってみたら
「あれれ?なんでこんなところにパンツが?」
どうやら正体は昨日のパンツ。
タイツと一体化して一緒に密着しいてました。
仕方ないのでそのパンツも履き、今日のパンツも履き、タイツも履き、半ズボンも履き、
計4つも重ね着です。

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by uncoblicco | 2005-12-24 13:06

表現するとゆうこと

今日は思いっきり寒い文章を書こうと思います。

今日、ものすごいビッグニュースを聞かされたってゆうのと、
今、自分が人生で一番最悪な状態にある、とゆうことで、
とてもライヴどころではない、まさに”情緒不安定”ながらも、
ライヴに挑んでみました。
さらに加えて、今、高山なおみのエッセイを読んでるせいもあって、
何もかもさらけ出したい気分なのです。
この文、あとで冷静に読んだりすると、ものすごい寒さなんだろうなあ、
と思いながらも惜しみなく書きます。

表現するとゆうことは、自分に素直になること。
これが、うちが今までいろいろ表現するって何だ?と考え続けてきた、
現時点での結論です。
少なくとも今は、この言葉に尽きます。
ほかにもいろいろな要素はあるけれども(表現するためのテクスチュアとかね)、
基盤は”素直”です。
先入観とか他人の目とかヘンなプライドとか、そうゆうものをできる限り排除して、
本当に見えるもの、やりたいこと、感じたこと、思ったことを
できるだけその新鮮さを保ちながら(または活かしながら)頭で考えて表す。

もううちは、何かを表現することでしか生きてゆけない身分なので、
(だと思い込んでるだけなんだけど)
表現することがイコール生きることなわけなんですが、
そうなると、「素直に生きる」になるわけです。

でもこの素直に生きるのって、相当時間かかるなあ、と思う。
うち、ぜんっぜん素直じゃない。
ほんとは冒頭に書いた”人生でいちばん最悪な状態”とかも
みんなに話したいけど、話せない。
こんなに何でもかんでも言ってるように見えるうちでも、
やはり誰にも言えないことがあるのです。
ごく一部の親しい友人にでさえ隠し続けてる感情だってあるのです。

そしてうちは、自分より素直な人が本当に大好きなんだと今日わかりました。
うちはえげつない人間なので、他人と話をするとき、
かなりの心理的かけひきをしています。
うちがこうゆう態度をとったら、この人は一体どうゆう反応をするだろう?とか、
こうゆう質問や話題に、この人はどうやって答えるだろう?
そのときの声のトーンは?、癖、体の向き、目線、会話の間は?
と、相当ことこまかに観察してます。
そうして厳選なる自己オーディションをした結果、
「この人、本気だな」と思える人には、自分もできる限り心を開いているつもりです。

(そう考えると、けっきょく”自分が素直である”と思えるには、
 他人を利用するしかないのかも。
 自分で”素直だ!”と思い続けられる勘違いさんはもう論外として。)

正直うちは今日まで、本気でちょっとチェロ弾くのをしばらく止めようかと思ってました。
チェロのために上京して、クラシックに挫折し、
(ってゆうのもうちが勝手にそうゆうふうに決めただけに過ぎん。ただ諦めただけです。)
うちの掲げてた目標があっさりなくなってしまったのが一年前。

東京でいろんな人と知り合って、その人達のおかげで
今までとは違う環境で演奏できたりして、それは本当に楽しかったしうれしかったし、
何より「弾く場所がある」ってだけでかなり救われました。
でも、まだなんとなくしっくりこないでいたのも事実。

自分のやりたい音楽性と、一緒に演奏する相手の音楽性と、
どっちかに合わせるんじゃなくって、どっちも尊重し合える、とゆう
かっこいい”セッション”を本気で信じてたから(今でも信じてるけど)、
今まで一緒に演奏した人達とは、そのような音楽になるように演奏したつもりですが、
よく考えてみれば、そんなこといきなりできるほどの
経験も柔軟性もうちは持ち合わせていませんでした。

うちは大人にはなりたくないけど、表現者として生きる以上、
何も考えずにできちゃった〜系の子どもっぽい行き当たりばったりの
勘違い才能的な表現だけは絶対にやりたくないのです。
真剣に表現することを考えるまでは、
それこそが”芸術”であり”才能”であると思ってたから。

でも、芸術ってもっと基盤があって着実で、ちゃんと答えがあるもの。
その答えはすごく遠いし、さまざまだけど。
でも、決してわけわかんないものでは無い。
どんなに適当に見えたりラフだったりでも、必ずどこかにリズムがある。
答えなんて別にわからなくてもいいし、探す必要もないのだけど、
”なんとなく”感じられればいいんだと思う。
それが表現者の意思なんだと思う。

とかいろいろ考えていると、うちには表現するなんてまだまだ器が小さすぎる。
ぜんぜん人間がなってない、もっともっといろいろ経験して考えて感じて、
それをちゃんと身にしみさせてずっと頭に記憶させなければ。
チェロを弾くのも大事だけど、ほかにももっとやることがあるんじゃないのか?
と思いはじめたら止まらなくなりました。

と、そこで4年前の大学卒業時を思い出しました。
彫刻をやってたつもりはあまりないけど、”アート”は一応やってた気がします。
確かあの時も、
「卒業してからも彫刻を続けるほどの根性も熱意もない。
 表現はこれからもやってゆくだろうけど、
 アートをこれからも続けるには、人間としての器が小さすぎる。
 とにかく、今いちばんやりたいこと(チェロ)をやることにしよう!」
と思ったんでした。

わけわかんなくなると、咄嗟に何かに救いを求めようとするんですね。
普通に現実逃避の弱い人間です。
目標さえあれば、とりあえずなんとかなると思っていたんですね。
でも今は、4年前よりはいくぶん大人になっている気がするので、
同じことはしないようにしてみました。

卒業してからの4年間でわかった(かもしれない)ことは、
表現することのほかにもうひとつあります。
才能とは、続けること。

弾くのを本気で止めようとした今日に限って、
冒頭のビックニュースの知らせを教えてくれた
”大切な友人”(←もう一生使わないと思う。こんな言葉)から
「チェロを弾いてほしい」と頼まれたので、承諾しました。
もう、そう簡単には止めさせてくれない環境にしてくれている
まわりの人々に、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

追伸:
今日のライヴは、良いものあり酷いものあり、とゆう感じ。
とくにこの良いものを見ていた時に、うちはじんわりと焦燥感におそわれて、
こんな長たらしい文を書くことになってしまったのでした。
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by uncoblicco | 2005-12-18 01:23 | 2005

空気うんこ

うんこがしたい、と感じる前兆としてオナラがあります。
自分はよく、東京の人ゴミの雑踏にまぎれてオナラをするのですが、
そんな時は臭くないオナラ、とわかっている時です。
そうゆうオナラは大抵「ブッ」と、音が低く端的です。
一体いつからわかるようになったんだろう?

最近は、臭いオナラが出ると「体調悪いかも」と思ってしまいます。
臭いオナラの時って、オナラがし足りない感じがしません?
「はやく放出してくれよー」って叫ばれてるような…。
うんこって、体の中の毒素なわけですから、
一刻も早く排出しなくてはね。
”うんことトイレの時間”についてはまた次の機会に熱弁するとして、
今日は、前々からどうも腑に落ちない”空気うんこ”について。

普通うんこって、均一で密になってて、そう、まるで金太郎飴のように
肛門の円周と同じ太さでところてんのように出るもんですよね?
ところがそんなうんこってけっこう稀で、
密になっていない、どこかしらところどころ穴が開いてる
(ムラがある)うんこが一般的だと思います。

その穴(ムラ)部分に、踏ん張りの意思などで空気が入ると、
オナラとうんこが同時進行で排出されるわけです。
オナラ単独だったり、うんこ単独だったりですと、
人間の意思で速さ、音などが微調整できるのですが、
同時進行だとコントロールがまるで効かないのです。
音も「ブ、スコー、ブブ、ブ、スコースコー」って具合。

自分は今日これを公衆トイレでやってしまったため、
オナラも放出音も両方セーブできず、悔しい思いをしました。

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by uncoblicco | 2005-12-16 01:02

うんこ手帖、ふでおろし

世の中にインターネットが普及して周りのみんなが
ホームページを作りはじめた時期から、
「うちがヴァーチャル界で日記を書くなら、うんこ日記かブス日記だな」
と予告した通り、今こそその封印を解き放ちます!
うんこ研究家の名にかけて。

最近、シャワートイレが使える環境で排出できるのがうれしい。
や、我が家の和式も好きだけどさ。
しかし、現地インドではじめておしりの穴を水で流すっつーか
”不浄の手”で拭う環境に直面してからとゆうもの、(その前からだけど)
自分の中で肛門洗浄は深い深い研究課題だったのです。

自分はシャワートイレの便器に入ったら必ず、蛇口検査をします。
だいたい下痢の人が洗浄したっぽい残骸の雫が付着しているのです。
なぜそんなに過敏かと申しますと、いろんなバイトで率先して
トイレ掃除をしてきたからです。
そりゃあさまざまな症例を目の当たりにしてきましたよ…。

そんなことはどうでもいいのですが、
うんこの潔いキレこそが自分の中での最重要課題であるはずの自分が、
最近、どうもキレが悪いのです。
どのくらい悪いかといいますと、シャワートイレの力をもってしても、
確認のための最後のティッシュ拭き(水気を拭うためでもある?)で、
まだ付いてしまっているのです!

仕方ないので二度洗浄します。
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by uncoblicco | 2005-12-13 21:05 | 本日のうんこ


世界中の自然の音や日常の音を録音して廻り、チェロの音と合わせた作品を作ってたのは過去の話。うんこ記録も終了。現在アフリカ目指してパリ在住。


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